うつ病とトラウマ
【うつ病と自責の念】
うつ病が長引くとき、再発するとき、どのようなことが心の中で起きているのかについて、トラウマの影響という視点から説明したいと思います。
『うつ病の回復』や、『うつ病の再発』のところで説明したように、うつ病を体験したクライエントが自分にできた出来事をどのように受け止めているか。その一つの受け止め方の傾向として、自責の念(「自分のせい」「情けない」「申し訳ない」)があります。
『もし自分が〇〇していたら』、『もし自分が▽▽していなかったら』、こんな目に逢わなかったはずなのにとの思いは、辛い体験をした方ほど自然と浮かんできます。『自分のせい』だとの考えも強くなっていきます。
そしてこの考えがうつ病の回復を遅らせていることを説明しました。そして、この自責の念に対して、この考えは正しいのかしらと穏やかに振り返ってもらいます。
多くの場合は、『自分の友達が(パートナーが、子供が…)、同じような状況で、自分のせいだと考えていたら、あなたはどう感じますか?』と、その振り返りをしていってもらうこと続けていくと、徐々に回復していきます。
【自責の念が残り続ける場合①】
しかし自責の念がずっと残り続ける場合があります。それには大きく分けて二つのパターンがあります。
一つ目は、その出来事を今思い出しても強い脅威を感じて、とても苦しくなる場合です。
例えば、仕事でパワハラ被害にあい、うつ状態となって休職した方。職場調整してもらい加害的な上司とは違う場所で働けるようになったものの復職の話が出るたびに病状が悪化する。
こういうクライエントの場合は、休職して十分うつ状態が回復して友達と遊びに行けるようになっていても、『そのパワハラ体験のことを思い出してどんな気持ちになりますか?』と尋ねると、きまって『とても重苦しい気持ちになる。』『まだ怖さがわいてくる。』など話されます。
つまり、時間がたっても、もうこんなことは起こらないと頭の中でわかっていても、その人の体や心の中では当時と同じ感覚、感情、考えがわいてくる『トラウマ記憶化』した状態(*1)となっているのです。
パワハラ被害はなく、会社での人間関係が良好であったという方であっても、うつ病発症したその最初の出来事の時のことを思い出すと、それから何年たっていても未だに不安な気持ちや恐怖感、体がこわばり後ろに引いていくような無力感を感じる方も少なくありません。
初回のうつ病体験がトラウマ記憶化していて、回復して仕事復帰できても、何かのきっかけで当時の身体感覚が記憶に上ると、発症当時と同じような気分や考えがわいてくるのです。
まさにトラウマ反応のフラッシュバックそのもののように、うつ病に最初になった時の身体感覚の記憶が体によみがえります。この消化されていなかった感覚記憶が、うつ病の再発や回復妨げとなっているのです。
うつ病になって仕事から離れなければいけなくなったこと、自分の人生はダメなのかもしれないというショックや絶望感、その時の体の感覚、どれほどそれが脅威だったのだろうかと。
この体験がそれほど苦しかったからこそ、今もその時の感覚記憶が体に残っていて、それが本当に癒されるまでは、過剰な防衛をこのクライエントにさせ続け、疲弊させ、うつ病の再発の原動力なっているのです。
つまり、このトラウマ化した初回のうつ病のエピソードの処理をすることが、本当の回復には必要です。実際こういったクライエントに、認知処理療法(*2)や、EMDR(*2)等トラウマ焦点化治療で、うつ病当時の感覚記憶の処理を行うと、ほとんどの方は完全に回復されていかれます。
【自責の念が残り続ける場合②】
しかし、それでもなお上手くいかないときがあります。
二つ目のパターンとしてあるのは、そのうつ病に関連した記憶よりもっと以前に『自分のせい』や『自分の人生はダメなのかな』が生まれてきている場合です。
うつ病を繰り返す病気の一つとして、持続性気分障害をあげました。多くの場合幼少期の親との関係や環境に問題があったり、いじめ被害があったり、自責の念や自己否定が思春期の頃から、ずっと長く続いているケースです。
こういったクライエントの場合、この方の問題は、早期の愛着問題にあるとか、また思春期の虐め被害にあるなど、診察の最初の段階でセラピストは問題に気づくことが多く、実際うつ病の治療と並行しながら、いじめ被害や幼少期の問題に対してトラウマ治療のアプローチをします。
しかし、そこまで深刻な状況でなく、例えば幼少期両親が忙しくしていて十分かまってもらえなかった人。
弟や妹の面倒に母親が疲れてしまっていて、母に迷惑かけたく無いから相談するのを遠慮していた人の場合。
自分が悩み困っていることがあっても、相談したら迷惑をかけると強く信じて、自分一人で解決しなければと思っていたり、自分が悩んだり困っていることが、そもそもダメなことだと思って生きてきたという人も多くいます。
お父さんが厳しくて、失敗するといつも叱られていた。
学校の先生からいつも叱られていたという場合も、自責傾向は幼少期から残っていきます。
ほとんどの場合、特に思春期、青年期で大きな問題はなく、楽しく友達付き合いもしていたとしても、
この幼少期から体に残っている無意識に感じている自責傾向、自己否定傾向が、初回のうつ病の体験で再活性化され、以後この悲観的な身体感覚が、うつ病の長期化や、再発の原因となる悪い影響を与え続けている場合があるのです。
うつ病の再発や長期化の原因が、この幼少期から続いている自分の受け止め方の問題だと本人が気づくことは少ないです。
トラウマとは呼べない程度の心の癖が、トラウマ反応と同じような形でクライエントの心と体のなかに刻まれていることを、セラピストが分からない時(自分もトラウマ治療を学び実践はじめる前は、理解できていませんでした)には、この真の原因に気づけないまま、うつ病治療は難しいものになります。
しかし、その原因が幼少期に生まれた心の癖にあるとクライエントとセラピストが理解できれば、その原因となっていることをターゲットとしてトラウマ心理治療を行うことができます。(*3)
うつ病の長期化と再発の問題に対して、なぜうつ病経験した方の半数の人が再発をするのか。
なぜ再発が繰り返されていくのか。
その原因がトラウマ記憶として心と体に残っている身体記憶感覚にあること。
そしてその治療には、トラウマ焦点化心理治療がとても効果的であることを説明しました。
具体的なトラウマ治療については、『ホログラフィートーク』『その他のトラウマ治療』(現在作成中)のところで説明します。そちらもご参照ください。
(*1)トラウマ記憶化:ここでは、『当時のことを思い出すと今でも強くその時の感情、身体感覚、考えが浮かんでくる記憶』という広い意味で使っています。
PTSDの症状を説明するときに使う医学的な意味での『トラウマ記憶』という言葉は、そのまとまらない断片化や、フラッシュバック体験として当時のイメージがなまなましく再現されることや、その感情、感覚に圧倒される恐怖が残っている等、より激烈な体験記憶を想定しています。
しかし、過去のことについて理性的な処理がなされていたり、またその感覚を薄める解離が起きていたりすると、その出来事は一見もう昔のこと、自分はもう立ち直っていると考えている場合が多いです。
クライエントがそのように理解していることなら、セラピストも、この体験はもう処理が終わっていると思うかもしれません。
しかし、理性ではそのように考えていても、身体感覚のレベルでは時間が止まったようにその感覚が残っていることが実際は多くあります。この些細に思われるようなことであっても、過去の記憶を丁寧に扱っていくことが大切となるのです。
(*2)認知処理療法、EMDRについては、『その他のトラウマ心理治療』のところで説明します。(現在製作中)
(*3)幼少期の無意識に刷り込まれた自責・自己否定への治療にトラウマ焦点化治療を使う場合。
認知処理療法や認知行動療法ですと、ターゲットとする出来事が多岐にわたることで複数の処理を繰り返し行う必要が出てきます。
顕在記憶になる以前の記憶、三歳より前の身体感覚である場合には、認知を使った対処は更に難しくなります。EMDRで処理する場合も標準的なプロトコールでは難しく、漂い戻り法という技法を上手く使って、ターゲットをしっかりと同定するか、アーリートラウマプロトコル(ETP)というメソッドで治療していきます。
こういったクライエントの場合には、ホログラフィートークを使うとターゲットとなる出来事を身体感覚からきちんと同定ができて処理することが容易となるので、私は幼少期のトラウマや特に愛着問題が関連したことについてはホログラフィートークを最初に治療で使うことをよくしています。
うつ病の補講で以下を解説予定です。
【うつ病の長期化と再発についてのその他の考え方】(現在建設中)
・反芻思考
・疲労と脳の関係/うつ病の炎症仮説
・うつ病の薬物療法
・うつ病の責任遺伝子とウィルス仮説(SITH-1遺伝子の発見)
など