トラウマと自律神経系の関係(ポリヴェーガル理論)
自律神経について
私たちの体は、自分の意思でコントロールできる部分と、自分の意思とは関係なく体が自動的に調整してくれている部分の二つがあります。
体の筋肉を動かす時は、自分の意思で立ったり、座ったり、歩いたりしています。
これは脳から体の筋肉の一つ一つに、それを動かすための神経がつながっていて、自分が思うように動かしていますが、例えば腸を動かす、心臓を早くしたり遅くしたりする、汗をかく、体が温かくなる…これらは自分の意思ではコントロールできません。
しかし自分の体が目的に応じてきちんと働くよう、神経によって脳からコントロールされています。
この自分の意思とは関係なく、勝手に調節してくれている神経、自律的に調節している神経のことを自律神経と呼んでいます。
そして、自律神経には体を活発に動かしていくときに体を活性化していく調整をする神経系と、体を動かないようにしていくときに体を調整する神経系の二系統があります。
前者は交感神経。後者は副交感神経を呼んでいます。
そして副交感神経の中でも心臓の動きや、胃腸の動き、肝臓や膵臓の働き、また発声やのどの動き、気管支の動き等広範囲な調整をしているのが迷走神経と呼ばれています。
迷走神経は一番長い神経でもあります。脳幹部(延髄)から出て、心臓まで行き、二つに分かれ一つはお腹の中まで行きますが、一部は心臓から首や顔に戻ってきています。
体の中を下に行ったり上に行ったりと迷走しているように神経があるので、迷走神経と名付けられています。英語ではヴェーガル(Vagal)と呼びますが、これはラテン語であっちこっち彷徨っているという意味です。
ポリヴェーガル理論とは?
米国の心理生理学研究者スティーブン・ポージェス博士は、生まれたての赤ん坊の心臓の動きについて研究をしていました。
新生児が突然亡くなる、新生児突然死症候群の原因を見つけたいと考え、健康な赤ん坊と、リスクの高い赤ん坊の差を見つけようとしていました。
そして、健康な赤ん坊は、心臓の動きに揺らぎがあり、その揺らぎは迷走神経系が心拍数を落とすように働いている機能が重要であることを見つけました(迷走神経が働いていないと心臓は120~200/分ととても早く動き続けます。迷走神経が働くことで、1分60程度までペースを落とせています)。
そして突然死リスクのある赤ん坊は、この揺らぎが小さくなっていることを見つけました。
この研究の中で、心臓の拍動をゆっくりとさせていく迷走神経の働きの中に、心拍数の揺らぎを作る健康的な部分と、その揺らぎが少なくなるハイリスクな部分の両方があることに気づきました。
なぜ体を落ち着けて、心拍をゆっくりとさせる迷走神経の働きの中に、非常に危険な状況に新生児をもっていく事が起きるのだろう?
この気づきが、迷走神経には二種類ある(複数の迷走神経による支配⇒ポリ・ヴェーガル)という考えに導きました。
迷走神経系は延髄のより体の後ろのほう(医学用語では背側といいます)にある神経細胞の集まりから出てくる背側迷走神経系と、より体の前のほう(腹側といいます)にある神経細胞の集まりから出てくる腹側迷走神経系があります。
そして、新生児突然死症候群に関係する、心拍をゆっくりにするけれども、自然な心拍の揺らぎを減らしてしまう、強い緊張下で活性化されていくのが、この背側迷走神経であることを見つけました。
1998年アトランタで行われた心理生理学会(体の反応と心理状態の関係を、生物学的に研究する国際学会です)の国際会議の会長講演で、ポージェス博士が、このポリヴェーガルによる体の調整の仕組みについて発表しました。
そして、その発表は、生理学者よりも、長年トラウマ治療をしていたセラピストたちに、とても強いインパクトをもたらしました。
トラウマ治療を長年していたセラピストは、恐怖の反応が二つあることを知っていたからです。
一つは、怖いとドキドキしてきて息も早くなって、体中に力が入って震えてきて、汗もでてくる。いわゆるパニックになりそうな状態です。
そしてもう一つは、体が凍り付いたようにすくんで動かなくなり、力が抜けて後ろに倒れていきそうになる感覚、その時は心拍もゆっくりとなって、呼吸も止まってしまったかのようにゆっくりとなる状態です。
この後者の状態が、強い恐怖の状況にある人にはしばしば起きてきて、治療を難しくさせていることを知っていたからです。そして、この後者の状態こそ、この背側迷走神経が起こしているのだと、すぐわかったからです。
トラウマ反応と自律神経
トラウマ反応を、こころとからだを調整する神経系から見ると次の三つに分けることができます。
① 不動化(凍り付き反応・フリーズFreeze):じっと動かないようにして敵をやり過ごす反応。
② 活性化反応(戦うか逃げるかFight or Flight):威嚇して追い返す、全力で逃げ切るかして安全を得る行動をし、環境をかえていく反応。
③ 安定化(安心感):安心して、ずっとこのままじっとしていたいを全身で感じているときの反応。
(交感神経系の働き) 何かにびっくりしたときの事を思い出してください。心臓がドキドキしてきて、呼吸は浅く早くなり、体は緊張して力が入り、手が震える。
そして汗が出てくる…。
じっとしてはいられず落ち着かず、人によってはお腹が痛くなったりもするでしょう。
(なぜ緊張すると、お腹が痛くなるかについては【過敏性腸炎】のところでお話しします。現在製作中)
これらの反応は、危険な状況に遭遇したときの『戦うか逃げるか』の調整を行っています。
サバンナで食事をしていた鹿たちが、肉食獣の存在に気づいた時、全ての感覚は相手の状況を観察するところに集中します。
そしてそれと同時に、一気に全身の筋肉に十分に逃げ切るのに必要なだけの酸素やエネルギーを呼吸と心拍を早くすることで送り込み、筋肉が最大の力を発揮できるようアイドリングを始めているのです。
何かにびっくりしたとき、怖い思いをしている時、あなたの体は、このような反応をすることで、危険に備えて体を最大限動かせるよう準備をしています。
(背側迷走神経系の働き)しかし、もし戦っても勝てない、逃げることもできない時はどうなるでしょうか?
山を一人で歩いている時、道の向こうに何か黒いものが動くのが目に入ります。
一気にそこに意識は集中しますが、それが近づいてきてすぐに気づきました。熊だ!
あなたはこの猛獣と戦って相手を追い払うことができるでしょうか?
渾身の力を込めて走り去り安全な所まで逃げることができるでしょうか?
戦うことも逃げることもできないとなった時、全身の力が抜けて、頭は真っ白となり言葉も何もでてこない、体は固まって動けなくなる。
息は止まったようにゆっくりとなっていて、心拍も落ちて、体は冷えていきます。
人によっては意識を失うこともあるでしょう。
これが、恐怖がより強いレベルで襲ってきた時の体の反応です。カメがじっとしたまま動かなくなる時と同じ反応。不動化によって、安全を図っている状態です。
(背側迷走神経系優位から、交感神経系の優位の活性化へ)草食動物が、ライオンに追いつかれ首をかまれた瞬間、このモードに入ります。
全身の力が抜けて動かなくなります。
肉食獣は本能的に動き回る獲物に対しては強くかみつきますが、力がぬけた獲物にはかむ力を緩めます。
もし、その時にその場所にハイエナがやってきて獲物をかすめようとしていることにライオンが気付くと、ライオンはハイエナを追い払いに行くかもしれません。
その瞬間、倒れていた草食動物は、ゆっくりと状況を観察すると立ち上がり全身をブルブルブルと振るわせて、一気に逃げていきます。
この最後の生き残りのチャンスへ向けての準備を本能によって、つまり自律神経系の反射的なコントロールによって成し遂げているのです。
(腹側迷走神経系の働き)そして、危険が去り、安全な場所に行き、仲間に囲まれてほっとする。
その時にはじめて安堵感が全身を包み、体は緊張は抜けリラックスし、呼吸も心拍もおだやかとなり、穏やかな日常へと戻っていきます。
(腹側迷走神経系と交感神経系の協調的な働き)安心感が生まれると、自分の愛着対象との結びつき、友人や仲間と会う、好きな曲を聞き、好きなドラマを見て、好きなゲームをして...と再び、活動の中で自分の求める何かと繋がり安心を感じるようになっていきます。
この安心を感じて、求める対象とつながっていく感覚を感じるのも、自律神経の働きです。(*)
この3つの反応それぞれを交感神経系、背側迷走神経系、腹側迷走神経系が担っています。
そして、トラウマ反応は、交感神経系と背側迷走神経系が関係します。
特に背側迷走神経系の不動化が強く関連しますが、多くの場合この二つの神経系が一気に活性化されたハイブリッドの状態となっています。
凍り付きと、強い活性化が同時に起きた状態が、トラウマ反応にある人がしばしば体験している自律神経系の状態です。
引ったくり被害にあった人は、人から恐ろしい目にあう恐怖感に対して、動悸や体の震えといった交感神経系の活性化が起きていますが、同時に戦うこともできない無力感で、体は凍り付き、活性化された状態のまま時間が止まった状態となっています。
パワハラ被害やDV被害、また虐め被害等、対人関係の問題で、強い脅威にさらされていた人も、逃げ出したい、また相手を跳ね返したいという体の衝動とともに、腰は弾けて、体は重く動かず、無力感を全身に感じたまま時が止まったようになっていきます。
この凍り付きと、活性化が同時に起きている状態が、トラウマ体験です。
まず、この凍り付いている部分を安全の感覚を感じられるように持っていきながら、動けるようにしていく、対処できる感覚を作っていく事が、トラウマからの回復には必要となっていきます。
(*)自分は一人でいるのが一番安心だという人も多いでしょう。人と一緒にいるのは怖い、一人で過ごすのが一番ほっとすると。しかし、私たちは人とつながっている事、群れの中にいることで、外敵から守られ生活を安全にできる事、また孤立すると食べ物を得ることも、外敵から身を守ることもできない、つまり死を意味することを、人類の何万年にもわたる歴史の中で本能の中に刷り込まれているのです。孤立への恐怖は本能的に存在しています。しかし、つながることで安心をもらえるはずの他者から、酷い攻撃をされ続けた時、それが幼少期から思春期にかけて何度も繰り返された時、いじめと呼ばれるほどのものではなく、友達ができなかった、自分の子と興味持ってくれる友達がいなかった…といったことであっても、この孤立の脅威にさらされます。そして、本能では人と都賀なることを求めていても、人とつながることへの強い不安から、一人でいることのほうが安全だと学習をしていきます。生き残るためのチャレンジとして、この本能にはなかった孤立での安全を感じるようになっていくのです
トラウマ反応が長引く理由